卒業生の活躍

5期生 尾中智信さん

2026年7月7日、大学までラグビーを続けながら、現在は大学院で教員になるための勉強に励む尾中智信さん。母校での教育実習のエピソードや、南山小学校での6年間が現在の人生にどう活きているのか、そして未来へのビジョンを熱く語っていただきました。

取材:有言会広報担当

5期生 尾中智信さんプロフィール

 

  • 2003年生まれ
  • 南山小学校5期生として入学
  • 南山中学校・高等学校男子部を経て、中京大学へ進学
  • 現在は中京大学大学院 スポーツ科学研究科 身体教育学系 修士課程1年

インタビュー

Q 南山小学校時代の思い出を教えてください。今振り返ると、どのような毎日でしたか?

思い出は本当に尽きないのですが、今でもよく覚えているのはランチの時間です。今ではすっかり体が大きくなりましたが、当時の僕は背こそ高かったものの、ヒョロヒョロで細い子どもでした。ですからどうしても食べるのに時間がかかってしまいました。

教育実習で何年ぶりかに南山小学校でランチをいただいた時などは、「いただきます。」の直後に担任の先生が減らしたご飯やおかずが、なぜか全部僕のところへ回ってきてしまい、牛乳も野菜も、とにかく必死で平らげました。小学生の時は本当に大変でしたが、そのおかげで今は好き嫌いが全くなくなり、何でも美味しく食べられる、健康で頑丈な体が作られたのだと感謝しています。

大きな居場所のひとつにアフタースクールがあります。1年生の頃から様々なアフタースクールに参加し、2年生からは聖歌隊に入りました。西脇良先生や河田愛子先生が熱心に指導してくださったことが今も胸に残っています。聖歌隊の活動で特に印象に残っているのは、聖霊病院を訪問して歌を届けた時のことです。僕たちの歌を聴いて、利用者の皆さんが涙を流して喜んでくださいました。小学生だった当時は「どうして泣いているのだろう?」と不思議に思うだけでしたが、大人になった今振り返ると、「子どもたちの歌声が人の心をあそこまで動かせるなんて、本当にものすごく貴重で素晴らしい経験をさせてもらっていたのだな。」としみじみ感じています。

Q 小学校3年生からはラグビーも始められ、大学まで続けられたそうですね。

はい。とにかく体を動かすことが大好きで、3年生から6年生までラグビーに熱中しました。このラグビーとの出会いが、僕のその後の人生の大きな軸となりました。

きっかけをくれたのは、4年生の時に担任をしてくださった西野玲先生です。西野先生の影響力は本当に絶大で、「ラグビーはいいぞ、やってみろ。」と背中を押していただき、その言葉を信じてボールを追いかけ始めました。また、1年と6年の担任としてお世話になった南原るり子先生に6年生の最後まで大変熱くご指導いただきました。先日、南原先生に久しぶりにお会いしたのですが、内面も含めて当時と全く変わらずキラキラされていて、本当に驚きました。

南原先生との思い出といえば、6年生の時にがんばりタイムのファイルを僕がすべて失くしてしまったことがありました。怒られるかとビクビクしていたのですが、先生は全く怒ることなく、放課後に二人で笑いながら、一枚一枚ニコニコともう一度ファイルをやり直すことに付き合ってくださいました。子どもの失敗を優しく包み込んでくれたあの時間は、今でも僕の心に温かい記憶として残っています。

Q その後、母校である南山小学校へ教育実習生として戻られた際、どんな気づきがありましたか?

実習では国語と算数の授業を担当させていただいたのですが、とにかく南山小学校の子どもたちの頭の良さに圧倒されました。算数は答えが一つなので、どんなに遠回りしてもゴールに辿り着けますが、国語はクラスによって全く違う意見が出て、着地点が毎回変わります。思いつきで喋る子どもたちの言葉の奥にある意図を、僕自身が緊張もあって上手く汲み取れず、「どうしよう、分からない。」と焦る場面が何度もありました。

そんな時、ハッとさせられたのは子どもたちのリーダーシップです。「今の意見、みんなはどう思う?」とクラスに投げかけると、僕が考える時間を作ってくれるかのように、ある子が「先生、これはこういう意味だと思います!」と見事にクラスの意見をまとめてくれたのです。5年生や6年生が運動会に向けて下級生を引っ張る姿も含め、南山小学校の子どもたちの責任感の強さとリーダーシップの高さには、実習生という立場ながら本当に頭が下がる思いでした。

また、実習期間中に最も心に残っている出来事があります。 運動会が終わった後、4年生の男子児童たちが教室で着替えている時、ある子が悔しさから「あいつのせいで負けたんだ。」と口にしました。僕が「それは良くないよ。」と注意しようとしたその瞬間、同じクラスの別の子が自ら、「いや、誰かのせいにするのは絶対にダメだよ。負けたとしても、そんなことを言っちゃいけない。」と、きっぱり遮ってくれました。

勝敗よりも大切なものがあることを理解し、それを小学4年生という年齢で、大人の力を借りずに自分の言葉で堂々と言える。大人でも他人のせいにしがちな世の中で、この精神の高さには本当に感動しましたし、南山小学校の教育の深さを改めて実感した瞬間でした。

Q 南山小学校で学んだことで、現在の自分自身を作っているものは何だと思いますか?

南山学園の理念でもある『人間の尊厳のために』や、互いを認め合う姿勢は、授業で教わったというよりも、南山小学校での6年間の学校生活の中で自然と血肉になって身についていたと感じます。

今の僕は、年代や立場を問わず、様々な人と対話し、理解し合うことが得意だと自負しています。簡単に言えば、金子みすゞさんの『みんなちがって、みんないい』という言葉を、意識せずとも体現できている感覚です。相手と意見や考え方が違ったとしても、決して否定せず、「この人はこういう考え方なのだな。」とまず丸ごと受け入れることができる。それは、南山小学校が教えてくれた『周りの人々を愛する』という教えが、僕という人間の基礎(土台)を作ってくれたからに他なりません。

また僕はとても物持ちの良いタイプだと思います。実家には、当時使っていた愛着のある筆箱が今でも大切に保管されています。それを見るたびに、自分の原点は南山小学校にあるのだと思い出させてくれます。小学校教育は、人間の基礎を作る最も重要な時期です。だからこそ、今度は自分がそのバトンを次の世代に繋ぎたいと思い、小学校の教員を目指して勉強を続けています。

Q これからの将来に向けてのビジョンについて教えてください。

現在は大学院に進学し、さらに専門的な勉強をしています。大学時代はラグビー一筋で少し視野が狭くなっていた部分もありましたが、大学院で時間ができたことで、より広い世界に目を向けられるようになりました。

今年の8月には、大学のプログラム(神戸大等との連携)の一環で、スリランカへ研究留学に行きます。学校保健という分野の調査なのですが、これは通学路の安全管理から、手洗い・うがいの普及まで非常に幅広い領域です。向こうの学校のプールは(日本の基準から見ると)緑色に見えるそうなのですが、現地の人々にとってはそれが綺麗で素晴らしいプールであり、みんな喜んで入っています。そうした公衆衛生や文化、教育環境の違いを肌で日常から感じ、自分自身の視野をどんどん広げていきたいと思っています。

将来は、やりがいに満ちた教員の道を目指しつつも、子どもたちだけでなく、スリランカでの経験も生かしながら様々な世代の、多様な人と深く関われる仕事という広い視野も持って、自らの可能性を模索していきたいです。

Q 最後に、南山小学校の後輩たち、そしてこれからを生きる子どもたちへメッセージをお願いします。

僕が伝えたいことは二つあります。

つ目は、何か一つ、自分が熱中できる軸を見つけてほしいということです。勉強が大切なのはもちろんですが、スポーツでも趣味でも何でもいい。一つ、一生懸命になれるものがあると、そこから枝分かれして、自分の将来の夢や新しい世界が見えてきます。僕にとってはそれがラグビーであり、そこから教員という夢に繋がりました。

つ目は、僕自身の人生のポリシーでもあるのですが、とにかく何事も楽しむことです。楽しくないことは絶対に長続きしません。たとえ辛いことや嫌なことに直面したとしても、「どうやったらこれを面白くできるだろう?」と、楽しむ工夫をしてみてほしいです。

皆さんが、笑顔にあふれた最高に楽しい南山小学校での毎日を送れるよう、ひとりの先輩として、そして未来の先生を目指しているものとして、ずっと応援しています!

編集後記

尾中さんの前向きで、人との出会いを大切にされる姿は、南山小学校の校訓の一節にある『まわりの人やものを愛する人になろう』という教えを、在学中から自然と身につけられてきたことの証のようでした。昨年、教育実習生として久しぶりに母校で過ごした日々は、尾中さんにとって大変有意義であり、改めて南山小学校の素晴らしさと温かさに触れる毎日であったようです。

尾中さんの今後のご活躍を有言会一同、心よりお祈りしております。